オリジナル劇・映画
16年度(1982年4月〜1983年3月)


 4・4『9月の涙は忘れない』 

励ます会の五本柱(目標)のひとつである“交通事故撲滅”のために前年度より取り組んでいる「4・4交通反戦デー」。この年はより多くの人々に私たちが生の声で訴えかけようと、交通問題と正面から取り組んだ劇の上演を試みた。
キャスト・スタッフの総勢30人のうち8人が父親を事故で亡くした人達。事故を憎む気持ちは全員に共通していた。出演者の中には、役柄の性格から、自慢の長髪を角刈りにした人もいるほど熱の入れようで、公演の前は連夜の立ちげいこが続いた。
4月4日、春の交通安全週間を前に、東京都日野市潤徳小学校で、200人の観衆を集めて上演された。

ーあらすじー
実話をもとに交通事故で父親を失った家庭の母子の会話を中心に、少年の運動会、母の職探し・発病・入院、さらに少年の施設への入所、とストーリーは展開。母の死で幕を閉じるー。
まさに、励ます会の怒りの原点というべき問題にスポットをあてた劇である。

 9・5『路上の沈黙』 

“路上の沈黙”では、
1、激増している若者のバイク事故に歯止めを!
1、人間性を破壊するいき過ぎた保険制度の問題。
1、誰もの身近にある悲劇。交通事故にもっと関心を持ってほしい。

以上を、目的として上演された。第1回同様すべて手作りの劇。夏休みを返上して舞台装置作りや練習にあたった。ビルの屋上で立ちげいこをしたこともあった。

『法律で16歳以上の免許取得は認められているんだが、そのことで今おまえ達は被害者になり加害者にもなりうるんだ』

『私達ルールを守って運転する事はできても、ひとたび事故を起こしたら責任はどうやってとるんですか……』

ーあらすじー
ある夜、猛スピードでバイクを走らせ転倒、即死した高校生直樹の死から始まり、父が交通事故で加害者だったこと、直樹がこれを悩んでいた事を跡づけながら、さらにその後のクラス討議などを通じて、交通問題をつきつめていく。



17年度(1983年4月〜1984年3月)


「4(死)・4(死)に歯止めを!」と訴えてきたが交通事故は増加の一途をたどる。
危機感を持った私達は「'84年を交通反戦年に!」と各地の励ます会に呼びかけ、全国的な活動を開始。



18年度(1984年4月〜1985年3月)

交通反戦年


 車いやぁ フェスティバル 
埼玉・千葉の交通遺児を励ます会、交通遺児学生の会と共に車いやぁフェスティバルを開催した。
「車は嫌」と「反戦年」をもじって名づけたこのフェスティバルでは、コンサート、高校生のバイク問題をとりあげた劇、討論会、神しばい、模擬店などを行い、わかりやすく交通問題を訴えた。

 路上の沈黙(映画)クランクイン! 
昭和56年より始まった交通反戦運動も100km行脚や、交通反戦劇を経てこの年、年間を通じて交通反戦運動を展開した。
廃品回収の収益金や多数の寄付で制作費をまかない、劇「路上の沈黙」をもとに映画づくり(16mm映画 43分)を行った。



19年度(1985年4月〜1986年3月)



 交通反戦映画 “路上の沈黙” 上映 
4・4交通反戦デーに初上映。スタッフ他100名来場。以後、地域の福祉まつり・都心の会場等で数回上映。高校から貸し出し依頼もあった。交通問題に無関心な人達の考えるきっかけづくりを目指す。

 遺児名簿づくり 
交通事故死者増加とともに遺児も増え続け、新しい名簿の作成が必要となる。東京都55市区町村の社会福祉協議会に協力依頼し作成に取りくむが、プライバシーの問題等で全把握はできず、今回は葛飾区他、数地区のみにとどまった。